2017/04/19 創立記念講演会「石見銀山の開発と新たな時代の到来」

4月15日、本校は創立110年目を迎え、大田市教育委員会教育委員、石見銀山資料館館長の仲野義文様をお招きして「石見銀山の開発と新たな時代の到来」という演題で講演をしていただきました。

14世紀の東アジア貿易は中国明王朝の下での海禁政策に制約された国家間の勘合貿易でした。しかし大航海時代の幕開けと共に、ポルトガルやスペインなどのヨーロッパの国がアジアに進出し、その結果、16世紀末には、新大陸やアフリカ、インド、東南アジアに至る世界貿易圏が形成されていき、最終的に東アジア貿易圏も世界貿易のネットワークに組み込まれていきました。新大陸産の銀がアジアへと運ばれ、西欧南蛮商人によってアジアの物産が取引されていく中で、室町末期に発見され、戦国期、織豊政権期を経て江戸初期に採掘のピークを迎える石見銀山で採掘された石見銀(soma銀)の存在は、南蛮人の目を日本に向けさせ、来航ラッシュの時代が開かれました。秀吉・家康の時代の朱印船貿易は、鉄砲・硝石・砂糖など西欧独自の物産を日本にもたらし、その対価で得た銀を中国に運んで南蛮人は中国貿易を拡大していきました。石見銀山の銀は当時の世界の銀の3割を占めるほどに流通しましたが、銀山がもたらした影響はそれだけに留まりませんでした。日本人特有の知恵と努力で、鉄砲をはじめとする貿易品がやがて国産化され、「モノ造り」の精神は現代日本を支えています。また、西欧との文化交流も進み、西洋語を語源とする「シャボン」、「カルタ」などの言葉や服飾文化が日本文化に大きな影響を与え、西欧でも漆工芸の流行や「ビョンボ:屏風」などの日本語由来のポルトガル語が存在するなど、相互に大きな文化的な刺激をもたらしたのです。

石見人たる智翠館高校の生徒諸君も、大切な文化遺産である石見銀山についての理解を深め、先人の営みと努力・工夫に思いをはせて頑張っていってほしいとエールを送っていただきました。

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(この記事の投稿者: 石見智翠館高等学校)

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